楽曲への伝言

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zoom RSS トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウイーンを聴く機会を得る・・・

<<   作成日時 : 2008/04/06 23:05   >>

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我が家の娘は、今年の春で高校三年生になりますが、せっかく続けてきたピアノのレッスンも受験勉強のためにお休みすることになりました。

親としては、別にピアノを休まなくともいいのでは、と思っていましたが、他のおけいこごとも含めてお休みして一旦勉強に専念したいとの本人の希望でしたので了解しました。

クラッシック音楽は、日々のレッスンがものを云いますから、とても残念です。ピアノの先生も残念がっていました。でも、大学は近くを選ぶので大学に進学したら、自由な時間はたっぷりありますから、次回の成長が楽しみです。

娘のピアノの先生が、ウイーン・フィルメンバーのコンサートに誘ってくださいましたので、先日アクロス福岡まで久し振りに聴きに行ってきました。

子供が小さいときは家族全員で、クラッシック音楽を聴きによく行ったものですが、子供が大きくなると同伴は少なくなっています。

今回、娘の傍に座って最初の曲(イントラーダ/トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウイーンのための前奏曲)が始まった時、一瞬、昔と違って娘の音楽を聴く姿勢がすっかり変わっているのに気付きました。黙っていても傍にいるとそれがわかるものです。これは大きな喜びでした。

クラッシック音楽は、会場でのシーンとしたところから始まる演奏者と聴衆の不思議な緊張感からスタートしますね。CDの録音と会場での生の演奏との大きな違いは、一発勝負(スポーツではありませんが・・・) みたいな、ところが演奏会にはありますね。

また、CDでは残念ながら演奏者と多くの聴衆との生々しい魂の交流までは録音できません。 CDが録音できるのは、物理的に構築された音の収録だけです。従ってCDを聴く時はかなりのイマージネーションが要ります。

CDが録音できない魂の収録とは、『間』でしょう。人はそれを『無音』として捉える方もいますが、『間』は、実は立派な『音』だと思います。つまり、物理的な『無音』と『間』は違うのだということです。

かなり高名な演奏家でも、ステージに登場するまではかなりの緊張感があるといいます。それは、良き聴衆が会場にいると特にそんな雰囲気になるものです。つまり演奏前の待ち受けで、妙にシーンとした間が一瞬あります。その深まりが高まってそれから演奏者の登場となるのです。

今回の演奏会は残念ながらそうしたところが欠けていたと思います。北九州と福岡の場合、そうした聴衆の音楽を聴く姿勢が違うことは、演奏会に行かれる方はご存知のはずです。

ところで、ソプラノの佐藤美枝子さんが、後半から歌劇を歌ってくださいましたがひと昔、カメリアホールで日本音楽コンクール受賞者コンサートでお聴きして以来でしたので、とても懐かしく聴きました。流石にあれからさらに磨きが掛かって発音がすばらしく向上されていて、発声の響きもとてもすごくて感心しました。

残念なことには、佐藤さんのあれだけの響きに対して、アクロス福岡のシンフォニーホールがうまくマッチングされていなかったということです。音響としての残響チューニングなどが可変できるようになっていないのか?それともチューニングされていないのかは知りませんが、かなり聞苦しかったです。

最後のベートーヴェンの交響曲第五番では、やはり福岡の聴衆らしく、第一楽章で早くも拍手を送っていました。何故、福岡の聴衆は第五の一楽章で拍手するのか?ひとつは、誰もが知っている曲で、一楽章を聴くとそれで終わった気分になるからでしょうか?

クラッシックが初めての方もおられたようで、しっかり居眠りされた方も結構いましたね。そういう意味では演奏のメンバーの方に対しては失礼だったかもしれません。

あと、印象に残ったことはと言えば、打楽器奏者のスキルには驚かされました。打楽器の音づくりのすごさ!聞こえるか聞こえないかのかすかな響きを緻密にかもし出すことができる・・・あらためて打楽器の真髄にふれることが出来ました。

音楽の鑑賞を通して娘の成長が知れたので、収穫のあった演奏会だったのではと思っています。

by 大藪光政











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